「雲場池」から「鹿島ノ森」までの並木道は鬱蒼としているが、涼しい。
それにしても、
鹿島ノ森の鹿島が、鹿島組(現.鹿島建設)の鹿島だったとは!知らなかった。
ただの湿地だったこの土地に、他の有志共々苦労して植樹をしたそうだ。
並木道から別荘地を眺めてみる
1889(明治22)年、碓氷峠の鉄道工事に来ていた二代目鹿島岩蔵がこの地を気に入り、万平ホテルの創業者・佐藤万平と共に、15万坪の土地を購入したのが、はじまりの始まり。
「旧軽井沢ゴルフクラブ」(1919)の宿泊施設として、1956(昭和31)年「鹿島ノ森ロッヂ」が誕生。
1977(昭和52)年、全面改装して生まれかわったのが・・・
「ホテル鹿島ノ森」
こちらのラウンジは宿泊客でなくともお茶ができる、はず、、、(ちょっと緊張〜)
無事、案内していただきホッ☺️
屋内も空いていたけど、迷わずガーデンへ
鹿島ノ森
まさに、そのものを満喫したいから♪
かつての人々が苦心して植えた落葉樹が
こんなに大きく広がって
野鳥たちの賑やかな声しか聞こえない
こんな気持ちいいところでお茶できるなんて
しあわせ〜✨✨
シェフのお勧めスィーツ
ゆったりした気分に包まれながら
美味しくいただきました♪
ここで過ごせた貴重な時間をかみしめつつ
同じ敷地内にある「御膳水」へ。
鹿島の森の中を降りていくと…
明治天皇の御膳にも配されたという「御膳水」が・・・
鹿島ノ森に静かに守られながら
絶え間なく湧き出でている。
そして、この湧水は「雲場川」となって、
「雲場池」へと流れてゆく。
人物入ってます。映ってます。透明なのがわかります(笑)
ホテルへの帰り道で、小さな小さな赤い木の実を見つけた。
ああ、忘れもしない。これはっっ❗️
これについては以前にも書いたことがあった。
昔とっても田舎に家があって 友達の家に遊びに行くとき
うそみたいなんだけど 庭伝いに行けましたブロック塀とかじゃなくて植木の垣根だったんですね
そして お隣の垣根にはちっちゃな赤い実が沢山ついて 本当は食用じゃないだろうけど 喜んで食べていました
友達と一緒に近道でそこを歩くたび
ちぎっては食べ ちぎっては食べ
家主さん いまさらほんとごめんなさい💦
だけどそのうち そんなこともしなくなっておとなになったけど でも なんとなく
あの赤い実のほの甘い味は覚えていたんです先日 旅行中に ばったり あの赤い実に出逢いました
感激 ❣️と共に口の中へ…
ほの甘い味がいっぱいによみがえ…らなかった⁉️
甘いというより にがい
おかしいな~ たしかにこの赤い実なのに
この実をあんなに貪るように食べたなんて
子供は些細なことにも幸せになれるんですね☺️
(2008年某SNS記事より)
確か、15年前は娘も一緒に
すっごく期待しながら食べたっけ
その後の絶句したみんなの顔といったら・・・
今回は口にすることもなかったけど
この木の実の思い出は
どうしても
甘くて、美味しくて、楽しいまま
=しかし!この話はこれで終わらなかった!=
つい最近、どうもこれはイチイの実ではないかと🙋♂️が調べてくれた。それだけなら良かったが
なんと
「未熟な実や種子は毒だって!」
特に、種子は死ぬほどの猛毒ーーー⁉️
ぎゃー‼︎ い、いっぱい食べてたしーー😱
あ…種子は食べてなかった…ホッ
今の今までほんとに知りませんでした💧
長々とお騒がせしてすみませんでした。
今回の「軽井沢の旅」です。
合わせてご覧ください😊